お母さんがストーブを独り占めしていた思い出
沖縄も大寒波の影響で、沖縄本島ではなんと観測史上初の雪の観測。
久米島では39年ぶりだったか?
とはいえ、雨と雪が混ざったようなみぞれ状のもの。
積もることはなく、すぐ消えてしまうのであった……
そのため、寒さのあまりひきこもっていた私は貴重なみぞれを見ることがなかった。
この寒さのせいで、スーパーでは鍋ものの材料が売り切れ。
ストーブも展示品まで売れるほどの勢いだったらしい。
エアコンは暖房付き、ちっちゃい電気ストーブを常備している我が家は余裕♪
寒波が来る前からストーブ使用しているもんね。寒がりだから。
そういえば私がまだ10代の頃だったかな?家にはまだ冷房専用のエアコンしかなかった。
家にある暖房機といえば、小さな電気ストーブのみ。
電気ストーブは1人しか温めてくれない。
でもその1台しかない電気ストーブは、母が独り占めしていた。
ある朝起きると家の中が煙たい。
そして母親が私たち子供に向かって怒っている。
「もう少しで死んでしまうところだったじゃないか!」と。
いったいどういうことなのか詳しく話を聞いてみると、どうやら寝てるときに電気ストーブが倒れて母の被っていた毛布を燃やしてしまったらしい。
毛布を見てみるとでっかい穴が開いていた。
しっかり者の長女が状況を聞いて、逆に母親を叱った。
・そもそも寝る前に不安定な状態で電気ストーブを使うのが悪い。
・火事になったら母だけではなく、家族全員が危なかった。
母は叱られてしょんぼり。
幸いうちの母は無傷、家の中も毛布以外は燃えずに済んだ。
穴の開いた毛布を見るとおかしくて笑ってしまったが、電気ストーブが原因で燃えてしまったというのはとても怖い。
毛布を燃やしてしまってからというものの、母は寝る時に電気ストーブを使っていない。
もちろん私も怖くて使えない。
起きているときに、足元を温めるだけにしか使っていない。
ちなみに大きく穴のあいた毛布は、しばらく私が使用していた。
2015年3月28日開催!琉ドラ奉納プロレス@沖宮
奉納プロレスは1961年4月23日に、力道山率いる日本プロレスが靖国神社で開催したことがあるらしい。
他にもZERO1、北都プロレス、大日本、沼津と様々なプロレス団体が行ってきている。
忘れちゃいけないのが琉球ドラゴンプロレス!
2015年3月28日土曜日に那覇市にある沖宮で奉納プロレスを行っている。
奥武山公園内にある沖宮の本殿前にリングを設置し、奉納プロレスを行った。
琉球ドラゴンプロレス代表のグルクンマスク。
試合前のあいさつを行っているところ。
試合前にはお祓いもしてくれた。
美ら海セイバーと琉ドラ紅一点のハイビスカスみぃ。
ハイビスカスみぃは巫女さんの格好でリングイン!
セイバーは本殿の階段からトペコンヒーロ!
RYUKYU-DOGディンゴ!
グルクンマスク。その後ろに首里ジョーとちん・すこ太郎が写っている。
試合後にはみんな揃って記念撮影。
観戦は無料だった。
ちなみにこの試合中、CNNのカメラが撮影していた。
うわ~、全米に琉球ドラゴンプロレスの存在が知られちゃうのかな~と興奮。
Anthony Bourdain:Parts Unknownのシーズン6、エピソード3沖縄編にて使われていた。
もっとがっつり琉ドラが写ると思っていたら、ほんの少しでがっかり……
2015年3月21日 洞窟プロレスinガンガラーの谷
沖縄県本当南部の観光スポット、ガンガラーの谷。
洞窟を活かしたカフェ、ケイブカフェにど~んとリングを設置してプロレスが開催された。
去年の試合なんでちょっと記憶が……
琉球ドラゴンプロレスの所属選手は全員参加していなかったはず。
写真も全試合撮っていない。
第一試合で首里ジョーとウルトラソーキのシングルマッチ。
第二試合は美ら海セイバーとちん・すこ太郎のシングルマッチ。
すこ太郎写ってない。
セイバーが飛んで天井の鍾乳石にぶつからないか心配だった。
メインはグルクンマスク&RYUKYUーDOGディンゴとティーダヒート&FUMAのタッグマッチ。
なんと写真がない!残念……
集合写真もこのざま。
今と比べて写真を撮るのがへたくそだな~
帰ってきたMr.ダマー バカMAX!を観にいった
今週のお題「今年見に行ってよかったもの」
忘れないうちに記しておこう。
12/13日曜日、ジムキャリー主演の「帰ってきたMr.ダマー バカMAX」を観にいった。
「ジムキャリーはMr.ダマー」の続編、20年ぶりの復活。
ジムキャリーファンなのでこれは観にいかねば。
映画館にいくのは何年ぶりだ……
チケットの買うシステムが変わっていて、戸惑ってしまった。
メリーに首ったけで有名なファレリー兄弟が監督。
そういえば愛しのローズマリーも映画館に観にいったっけ。
映画を観た感想
無駄な空撮から始まる!そんな壮大な映画なのか?
キャスリーン・ターナーが出ていたのがよかった。
でもあまりにも太り過ぎていて気付くのに数分かかった。
キャスリーン・ターナー演じるフリーダの腰に入っているスマイルマークのタトゥーが、20年の月日で太ってしまったため拡大されていたのが面白かった。
しかも腰の皮膚が肉割れしている。
こんなところを細かく描写するなんて。
相変わらずロイドとハリーはバカ。2人とも顔のシワが増えて歳取っているので、余計に痛々しく感じる。
ロイドとハリーの友情にホロリ。こんなバカ映画で泣いてしまうのは恥ずかしい。
ハリーは過去に大学に合格していたことが発覚!
ロイドよりもやっぱりまともなんかな~と思いきや、実はハリーの方がひどいかも。
それにしても娘役の女の子がかわいかったね。
あと、ジムキャリーが楽天カードマンみたいになるところも笑ってしまった。
思わず「楽天カードマン!」と叫びそうだった。
下品だ。やっぱり下品だった。
人にオススメできる映画ではない。
でも前作を観てるので、懐かしく思うシーンがいくつもあった。
例えばハリーのはみ出たお尻とか。
20年も経つのだな。
昔より笑えなくなったのは、私も歳とったせいか?
一晩でアントニオ猪木のアゴになった話
あれは確か私が小学校5年生か、6年生の頃だったと思う。
私の誕生日がちょうどお休みの日に当たるということで、数少ない友だちを3人ほど呼んで自宅でパーティーをする予定だった。
招待状も出しウキウキ気分。
プレゼントも楽しみだけど、母の作る料理も楽しみ。
前日は興奮しながら寝床についた覚えがある。
その頃はベッドで寝ていたのだが、とにかく寝相が悪かった。
寝ながら服を脱いだり、時計回りに1周したり。
誕生日の前夜も熟睡中にベッドから落ちてしまった。
しかし特にケガはなく、寝ぼけ眼でベッドに戻ることにした。
ベッドに上がる瞬間、足元がふらついてしまった。
ちょうどベッドの角にアゴから落ちてしまったのだ!
ものすごく痛くて「うぅ……」と一言うめいたのだが、あまりにも眠かったためそのまま寝床に戻って寝てしまった。
次の朝、私は激しいアゴの痛みで目を覚ます。
なんでこんなに痛いんだろうと不思議に思っていたが、徐々に夜中の記憶が蘇る。
それと同時に吐き気まで襲ってきたのだ。
アゴは内側がパックリ割れていて、そのケガのせいで高熱と吐き気にうなされた。
当然、誕生日パーティーは中止。
ごちそうも食べられない。
私がトイレでゲーゲーしているときに友だちが訪ねてきてたらしい。
「ごめんね、ごーやたん、怪我しちゃってパーティーできないの」
と、母親が説明していた。
トイレでゲーゲーした後にふとアゴのケガの具合が心配になり、鏡で自分の顔を見てみた。
するとアゴは何倍にも腫れあがって、まるでアントニオ猪木みたいになっていた。
小6の女子が。
それだけじゃなく顔も真っ青。ゾンビみたいだった。
パーティーが中止になったことよりも、アゴが腫れてしまったことがショックだった。
このまま腫れがひかなかったらどうしよう……
猪木じゃなくて長州のファンなのに、って意味の分からないことを考えていた。
こんな状態のアゴなのに、親は病院へ連れていかない。
そういえば足にボウリングのボールを落としたときも、ベッドでジャンプして頭から床に突っ込んだときも、病院行ってない。
骨折したことないけど、過去に1本ぐらい折れてたことあるんじゃないかと思う。
私んちだけか?それとも昭和はどこもこんな感じだったか?
幸い、数日経ったらアゴは徐々に元通りになって無事学校にも行けるようになった。
傷は外側ではなく内側だったので目立つ痕もなく良かった。
メキシコのビール2種を飲んだ
メキシコのビールでネグラモデロというものを探しているけど、どこのお店にもない。
アマゾンでは1ケース売っているんだね。
そんなにたくさんいらないんだよな。
昔売ってたお店にも今はなく、結局違うメキシコビールを2種購入。
1つ目はコレ。
TEKATE(テカテ)。
輸入ビールにしては安かったはず。
裏側はこんな感じで、ルチャドールのマスクのデザインみたいでかっこいい。
どんなビールだろうとまずはグラスに注いでみる。
うん。これは薄い。
飲んでみてもかなり薄い。
バドワイザーとか青島ビールを思い出した。
薄いビールが好きな人だと気に入るかもしれないけど、恐らく2回目は買わない。
でも缶のデザインは好き。
2つ目はコレ。
デイオブザデッド、アンバーエール。
スカルお姉さんの胸元に書いてあるのは「死はあなたにも訪れる」的な??
アンバーエールなので濃いだろう。
「トフィー、キャラメル、コーヒーの香りを持つ、ホップの苦味が心地良い、クリスピーな味わいのエール」という説明書きに惹かれて購入。
1本で300円は超えていたと思う。
高い。
グラスに注ぐとやはりアンバーエール。
じっくり味わって飲むつもりがグラスに注いで写真を撮ったら、すぐにぐびぐび飲んでしまいました。
なのでキャラメルの味一切分かりませんでした。
勿体ない事をした。
これはちょっと高いけど、もう一度買いに行くよ。
ちなみに「デイオブザデッド」とは死者の日で、日本でいえばお盆のようなもの。
毎年11月1日あたりにするお祭りのようなので、ハロウィンに近いのかな?
やっぱりガイコツの仮装をして、死者をお迎えするのだそう。
よし、来年の旧盆には、デイオブザデッドを飲むぞ!
2015/11/15 MUGEN ボクシングをみてきた
11月15日日曜日、ボクシングの試合を観戦してきました。
・チャリティボクシング大会 沖縄から世界へ
MUGEN ~挑~
平仲ボクシングスクールジム主催です。
プロボクシング大会MUGENとは若手選手の育成、そして次の世界チャンピオン輩出を目的としたイベントです。
もうひとつの開催目的はチャリティで、これまで災害支援団体など様々な団体へ寄付をしてきているようですね。
実はかなり前に、プロボクシング大会MUGENを2回ほど観戦したことがあります。
一回目は2003年6月29日、平仲信明氏の引退セレモニーがあった時です。
その時には確か仲里繁が世界前哨戦ということで、メインでした。
仲里さん、知り合いの知り合いなので応援してたんですけど、結局世界タイトルを獲ることなく引退しました。
2回目は2004年3月21日、うっすらと覚えていますがメインは中森宏だったんですか。
平仲BSGのサイトの記録を見て、記憶が少しだけ蘇ります。
長い間ボクシングを見てなかったのですが、今回のイベントのチケットを知人からもらえたので久々にボクシング観戦です。
いざ会場へ!
会場は豊見城市民体育館。
新しい会場で、周囲は全然整備されてなかったですね。
駐車場は近くの漁港を利用したのですが、結局スペースが足りず道まで溢れてました。
早く着いてよかった…
もらったチケットなのであまり期待はしてなかったんですが、ついてビックリ!
前から2列目!プロレスはよくリングサイドで見てるけど、ボクシングはこんなに近くで見るのは初めてで興奮!
しかも近くに座っていた人たちが政治家が多くて。
後には衆議院議員、市長、斜め前には大臣。
私はちょっと浮いていました。
試合は全部で8試合。
試合前にはプロテストもしてましたね。
写真は残念ながらセミファイナルからしか撮っていません。
第一試合はデビュー戦同士の対決。
島袋ジム所属の前原選手とフジタジム所属の重松選手の試合でした。
重松選手のTKO勝ち。
第二試合は平仲ジム所属の仲村渠選手と、琉豊ジム所属の上原選手。
この試合が面白かった。
どこがどうと言われても解説はできないですが。
上原選手の判定勝ち。
第三試合もデビュー戦同士。
平仲ジム所属の仲島選手、フジタジム所属の佐伯選手。
仲島選手のTKO勝ち。
第四試合は沖縄県唯一の女子プロボクサー平安山選手の登場です。
平仲ジム所属平安山選手と真正ジム所属の藤原選手の試合。
結果は平安山選手の判定勝ち。
次はKOを見てみたいものです。
第五試合は琉豊ジム所属の伊集選手とインドネシア出身のリオ・ナインゴナラン選手の試合でした。
私の席はリオ選手のセコンドから近かったのですが、「アトピ!アトピ!」と叫んでたのが気になってしまいました。
「アトピ!」ってどういう意味なんだろ…
伊集選手のTKO勝ちでした。
第六試合は平仲ジム所属の荻堂選手とフィリピン出身のJCフランシスコ選手。
荻堂選手は2014日本新人王戦準優勝、JC選手はフィリピンのミニマム級4位です。
荻堂選手の判定勝ち。
セミファイナル・メインイベントへ!
セミファイナルは琉球ジム所属の小谷将寿選手とインドネシア出身のラミル・パサリブ選手の試合です。
小谷選手はOPBFスーパーフェザー級10位、ラミル選手はインドネシアのスーパーフェザー級3位です。
小谷選手はハードパンチャーで、倒し屋との異名もあるらしいです。
これは早い段階で決着がつくかもと思い、試合開始早々に写真を撮っておきました。
小谷選手かっこいいです。
実はこの直後、ボディに一発ドスっと入り、1分も経たないうちに小谷選手のKO勝利が決まりました。
写真を撮るのにうつつを抜かし、パンチが入る瞬間を見逃してしまった…
気がついたらラミル選手がうずくまり、立てない状態でした。
やっぱりボクシングはKOシーンが盛り上がりますね。
そしていよいよメイン。
メインは大橋ジム所属の翁長吾央選手、フィリピン出身のジョナス・スルタン選手の試合です。
翁長吾央(おながごお)選手は昭和55年5月5日生まれ、トランクスには555の数字が!
このトランクスを見て、思い出しました。
誰も知ってるボクサーいないなと思ったのですが、実は翁長選手だけ見たことがあったんですね。
2003年6月29日、経歴調べてみると翁長選手のプロデビュー戦でした!
その時は1RKOだったんですね。
その時の若い選手が世界に手が届く位置にきてるなんて…
IBF世界スーパーフライ級10位です。
白いトランクスが翁長選手です。
ジョナス選手もOPBFスーパーフライ級4位なので、非常に手ごわい。
最後はなんとか翁長選手が判定で勝利しました。
主催の平仲ボクシングスクールジムの代表、平仲氏は沖縄でのボクシング世界戦を目標にしています。
翁長選手の世界戦が来年2016年10月に開催実現するなら、見に行きたい。
平仲氏のあいさつのときに、思い出してしまうのが平仲信敏選手のこと。
平仲明信氏の弟で元日本フェザー級王者。
平仲信敏選手の世界戦を沖縄で見れるんじゃないかって期待していたんだけど、2000年3月24日に志半ばでこの世を去ってしまいます。
交通事故だったんですが、その事故現場は私もよく通る道でした。
今でもその道を通ると思いだして涙が出そうになることがあります。
もし沖縄でのボクシング世界戦が実現できたら、泣いちゃうな。
翁長選手もボクサーとして決して若くないですが、世界挑戦に向かって頑張って欲しいです。